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ロックスターになれなくてもいい。ソフトウェア開発に長く携わる技術「メタエンジニアリング」とは

ロックスターになれなくてもいい。ソフトウェア開発に長く携わる技術「メタエンジニアリング」とは
Developers Summit 2020に登壇

こんにちは! 塩谷啓@kwappaと申します。ヘイ株式会社(2022年10月よりSTORES 株式会社)のエンジニアリング室という部署で、マネージャーをしています。

エンジニアとしてのキャリアを家庭用ゲームソフトの開発からスタートし、SESや受託開発を経て、いくつかのWebサービスの会社で働いてきました。2011年ごろから、エンジニアリングと並行して採用の仕事も担当するようになり、現在ではマネジメントとメタエンジニアリングを主な業務領域としています。

並の腕前のエンジニアが発見した新しい適性

なんの前置きもなく「メタエンジニアリング」という言葉を使ってしまいましたが、これは筆者の造語です。ソフトウェアエンジニアリングのコンテキストにおいて、エンジニアの生産性を向上するための取り組みをざっくりまとめて「メタエンジニアリング」と呼んでいます。

具体的には、大きく「技術広報」「採用」「組織開発」の3つが主な活動領域です。呼ばれ方はどうあれ、エンジニアが所属している組織では多かれ少なかれ行われている取り組みではあります。

なぜ筆者が仕事としてこの領域に取り組むようになったのか? 昔話ではありますが、エンジニアのキャリアの一例としてご紹介します。

ごく平凡なエンジニアであることの焦燥感

筆者は、エンジニアとしての腕前は「ごく平凡」だと自己認識しています。そこそこ長くやってきましたし、Web以外の開発もしていますから、経験はぼちぼちあります。しかし、計算機科学のバックボーンであるとか、特定の言語やミドルウェアに対する深い知識であるとか、きちんと学んだり長期間継続的に取り組んだりしないと身に付かない知識や経験はありません。

結果、なんでもちょっとだけできる、広く浅い腕前のエンジニアになってしまいました。特定領域に尖ったエンジニアと接する機会が社内外でたくさんありましたから、平凡なエンジニアでいることに焦りやプレッシャーを感じることもありました。

当時の所属企業には、みんなが知ってるWebサービスのプロトタイプを3日間で開発したプログラマーや、W3Cに参加してWebの仕様について議論しているプログラマー、競技プログラミングの世界ランキングに名を連ねるプログラマーなどが在籍していました。コミュニティに目を向けても、実際に仕事で使っている言語やフレームワークのコミッター、ISUCONの優勝チームや出題チームに所属しているエンジニア、著書や講演で高い知名度を誇るエヴァンジェリストなど、すごい知り合いがたくさんいます。

そんな中にいると、自分は何を成し遂げたんだろうか? この先何者かになれるんだろうか? 自問自答せずにはいられませんでした。

突然の採用担当

しかし「並の腕前のエンジニア」という立場は、業務によって利点にもなるのです。

きっかけは本当に偶発的なものでした。2011年ごろ、勤務していた企業で「明日から採用担当やってね」というアサインをされたのです。それまではコードを書くことを主な仕事とするいちエンジニアでしたから、採用や人事領域の経験はありません。今思い返してもとんでもない無茶振りです。

当時、現役のエンジニアが採用という仕事にがっつりとコミットするケースは、あまりなかったと記憶しています。筆者がその企業に入社したときも、選考は人事部門が主導し、最終フェーズでエンジニア出身のマネージャーが出てきて内定をもらいました。

そんな採用体制をエンジニア主導に切り替えるため、筆者ともう1名のエンジニアが指名され、業務時間のほぼ全てを中途採用にあてるようになったのです。

毎日数十通の書類選考を行い、多いときは1日7回の採用面接に出る。知識や経験のバックグラウンドはありませんでしたから、ぶっつけ本番、体当たりです。プログラミングとは脳の違う部分を使いながら試行錯誤しているうちに、「あれ? もしかして向いているのでは?」という感触をもつようになりました。

中途採用には多種多様なエンジニアが応募してきます。応募書類から候補者の経験を推測すること。採用面接で候補者の技術と経験を見極めること。そのどちらにも、エンジニアリングの経験を幅広く持っていることがとても役に立ちます。これは大きな発見でした。

メタエンジニアリングのめざめ

採用の仕事をきっかけに、エンジニアリングの知識と経験をもって「ひとと会話をする」仕事が増えてきました。外向きには、会社説明会や就職相談会など、選考以外にもエンジニアと直接会話する場面は数多くあります。また、登壇や執筆などを通じて企業やチームが求めるエンジニアに興味を持ってもらう、魅力を感じてもらうことも、重要な仕事です。

内向きにも仕事があります。マネージャーという立場になれば、メンバーとの会話は主要な仕事のひとつです。普段の業務ではエンジニアリングの話題が大半でしょうが、評価や査定、キャリアや悩みの相談といったウェットな話題であっても、エンジニアの話を聞く際にエンジニアリングの知識と経験をもっていれば、より解像度高く会話できるのは間違いありません。

もっとも面接の場で会話することには、また別の難しさがあるのは事実です。とはいえ、それまで「コミュ障」を自認していた筆者でも、場数を重ねるうちに対話することを技術として身に付けることができました。場数を踏むにつれ、なるほどコミュニケーションは技術として習得可能なんだな、ということを実感するようになりました。

訓練の結果としてできることが増える。つまり技術を獲得していく過程は、エンジニアリングとも通じるところがありますよね。そうして社内外のエンジニアと会話する仕事が増えていく過程で、これはひょっとしてひとつのエンジニアリングの形ではないか? と思うことが増えてきました。

エンジニアリングの知識と経験を活用して、外から優秀なエンジニアを獲得し、中のエンジニアのスキルやモチベーションを上げる。その結果として組織や会社全体のエンジニアリングにおける生産性を向上する。そのような仕事を、いつしか「メタエンジニアリング」と呼ぶようになりました。

2019年3月 角川ドワンゴ学園 N高等学校 卒業式にて
2019年3月 角川ドワンゴ学園 N高等学校 卒業式にて

技術広報・採用・組織開発でそれぞれ何をするのか?

先述のように、メタエンジニアリングでは「技術広報」「採用」「組織開発」が主な活動領域です。

これらの推進を通じて「エンジニア組織の活性化」「エンジニア個々のスキルとモチベーションの向上」「エンジニア採用につながる認知獲得」などを実現し、最終的にはエンジニア組織全体としての生産性を向上することで事業に貢献する。それが、メタエンジニアリングのミッションです。

……という書き方はいささか大げさではありますが、目標としては大きく次の2つになります。

  • 社内のエンジニアにいきいきと働いてもらうこと
  • 社外のエンジニアに興味を持ってもらい、仲間になってもらうこと

それではメタエンジニアリングの主な活動領域について、もう少し具体的に掘り下げてみましょう。

技術広報 ─ アウトプットを実現して社外から信頼を得る

エンジニア組織の取り組みや成果について、組織の内外に発信していくことを「技術広報」と呼んでいます。「採用広報」という言葉と混同しがちですが、技術広報の目的のひとつとして「採用」がありますから、一段大きな概念です。

それ以外の目的のひとつは「認知と信頼の獲得」です。技術的な情報発信を通じて、エンジニア組織だけでなく提供するサービスやプロダクトを知ってもらい、信頼できるものだと思ってもらうことは、エンジニアの採用と事業の成長の両面に貢献することができます。そういう意味では、本来の「広報」の役割を別の切り口で進めていると考えることもできます。

また、「エンジニアの成長促進」という側面もあります。情報をより広く届けるのが広報の仕事ですが、届けるべき情報である技術的なコンテンツはエンジニアが発信する必要があります。そして、エンジニアが成長するにはインプットだけではなくアウトプットが欠かせません。広報するコンテンツとしてエンジニアのアウトプットを促進することで、エンジニア組織の技術力向上にも寄与していきます。

採用 ─ 公開情報のメンテナンスと選考プロセスの整備

いっしょに事業を推進してくれる仲間を集めるために重要な取り組みが「採用」です。

技術広報を通じてエンジニアからの認知を獲得するのは、候補者の母集団を形成するために重要です。先ほど「採用広報」は技術広報に包含された概念と説明しましたが、エンジニア採用が重要なミッションである以上、とても大きなウエイトを占めています。会社や事業、組織やそこに所属する個々のエンジニアについて、認知だけでなく魅力を伝えて「信頼」を獲得し、ここで働きたいと思ってもらう。それが採用広報の目的です。

また、選考の過程を通じて、働きたいと思ってくれたエンジニアと、会社や組織が仲間になってほしいエンジニアをすり合わせることも、重要なミッションです。エンジニア個人の意向や野望と、会社が実現したいミッションが同じ方向を向いていることが双方にとって一番ハッピーな状態ですから、そのマッチングがとても大事なのは言うまでもありません。

具体的な活動としては「採用基準」や「採用プロセス」の整備、それから具体的に求める人物像を明文化した「募集要項」の作成とメンテナンスが挙げられます。こういった活動は、人事部門と連携して進めることになることがほとんどでしょう。

また、採用の仕事はひとりで進めるには限界があります。選考のプロセスに加わってもらう仲間(たいていはエンジニア)に、採用のミッションや具体的なメソッドを伝え、面談や面接の訓練をしてもらうなど「採用チーム」を構築していくことも仕事です。

組織開発 ─ 働くモチベーションに関わるあらゆること

もうひとつ重要なのが「組織開発」です。なかなか具体的なイメージを持ちづらい言葉ですが、メタエンジニアリングでは「エンジニアの個人と組織がモチベーション高く業務に取り組むための何もかも」を行います。

例えば、レポートラインと呼ばれる組織構造に不具合が生じたとき(直属のマネージャーと相性が悪いなど)には、コミュニケーションのバイパスとして相談を受ける、といった活動があります。悩んでいるエンジニアから話を聞き、必要に応じて組織やマネジメントを調査して、何らかの対処を施すこともあります。

チームや個々のエンジニアに不足している知識や経験をインプットする手助けを行うこともあります。良い本や記事の紹介といったライトなものから、勉強会や読書会の主催、講演会や研修の実施などを通じて、エンジニアリングやその周辺のスキルアップを後押しします。

ほかにも必要に応じてありとあらゆることを行います。マネジメントを補助する仕事として、目標設定や評価など新任マネージャーの支援、評価の横断的なキャリブレーション、チーム間の人員調整のサポートなど。エンジニア組織全体のサポートとして、ツールの導入や乗り換えの旗振り役、アカウントの管理など。組織を改善するためならなんでもやりますし、その過程で必要な知識や技術も身に付けます。

2018年9月 ギットハブ・ジャパン合同会社にて
2018年9月 ギットハブ・ジャパン合同会社にて

メタエンジニアリングで組織を押し上げるメリット

エンジニアとしては並の腕前しかない筆者ですが、メタエンジニアリングという活動を通じて、組織のエンジニアリング力を押し上げていく活動ができるようになりました。複数の優秀なエンジニアの生産性を上げることができれば、成果にレバレッジをかけることができます。つまり、並の腕前のエンジニアひとり分より大きな成果を上げることができれば、キャリアにもレバレッジをかけることができるのです。

筆者の中では2016年ごろに、こういう考え方がおおよその形になりました。それ以来、普段の業務がメタエンジニアリングになるよう、意識して取り組んでいます。もちろん「並の腕前」を維持するための努力は必要ですが、うまくレバレッジをかけることができれば、最終的な成果はひとり分の何倍にもなっているはずです。

メタエンジニアリングで改善できる課題を抱えた企業が、たくさんあることも分かってきました。エンジニア採用は以前からニーズが高く難易度の高い業務ですし、技術広報という言葉の認知度も上がってきました。「CTO室」や「エンジニアリング室」のような、組織全体を横断的に支援するような部署を設置する企業が急増していることがなによりの証拠です。

ということで、メタエンジニアリングでレバレッジのかかった成果を上げることは、エンジニア組織の生産性にもエンジニア個人のキャリアにも大きなメリットがあるのです。

人や組織を技術でエンパワーメントする選択肢

バリバリとコードを書き続けるなど、技術だけで成果を出し続ける人は「ロックスター」なんて呼ばれることもあり、エンジニアとしてカッコよく見えるのは間違いありません。並の腕前しかないとはいえ、筆者もエンジニアですから、ワクワクするようなプロダクトや目を見張るようなイノベーションには強い憧れを感じます。

ですが、ロックスターになれなくても、エンジニアとしてよりよいキャリアを積んでいくことは可能なのではないか。メタエンジニアリングに取り組むようになってから、強くそう思うようになりました。エンジニアとしての技術や経験を活かして、プロダクトやライブラリではなく、人や組織をよくしていくメタエンジニアリングは、その名の通り「エンジニアリング」に違いありません。

エンジニアとしてキャリアを積むと、エンジニアリングで成果を出すスペシャリストになるか、チームでの成果にフォーカスするマネージャーになるか、というパスの分岐点にさしかかることがあります。そんなときに二者択一ではなく、多彩な選択肢のひとつとして、技術で人や組織をエンパワーメントしていく「メタエンジニアリング」があることを、頭の片隅に留めておいていただければ幸いです。

エンジニアリングを長く続けるために

エンジニアリングは、世の中をよい方に変えていく素晴らしい仕事です。そんな素晴らしい仕事をする仲間であるみなさんが、ちょっとでも長く、よい仕事をしてくれること。「メタエンジニアリング」という考え方を知ることが、その一助になれば望外の幸いです。

そしてきっと、メタエンジニアリングのほかにも「エンジニアリング」と「マネジメント」の二極構造の間で、かろやかに成果を出す道はあるはずです。ぜひ、そういう道を探してみてください。そして、筆者にも教えてください。

制作:はてな編集部

【アーカイブ動画】Findy Engineer Lab アフタートークイベント

「メタエンジニアリング」をもっと深ぼる〜kwappaさんとだいくしーさんに聞くその醍醐味〜

「メタエンジニアリング」をもっと深ぼる〜kwappaさんとだいくしーさんに聞くその醍醐味〜 -Findy Engineer Lab After Talk Vol.1-
・開催日時:2022/10/5(水)12:00~13:00
・アーカイブ視聴方法:こちらから
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