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技術に対するモチベーションが下がったらどうする?Javaスペシャリストを20年以上支えてきた思考法とは

世の中にはさまざまなタイプのエンジニアがいます。流行に合わせて次々と新しいプログラミング言語やフレームワークを習得する人もいれば、特定の技術に長く携わり専門性を高める人もいるでしょう。

後者のタイプの代表格と言える一人が、Javaのスペシャリストとして知られるLINE Fukuoka株式会社のきしだなおき(@kis)さん。 彼は20年以上にわたり、この言語と向き合いスキルを突き詰めてきました。 最近では、書籍『プロになるJava*』を執筆するなど、Javaの認知拡大・普及のための活動も行っています。

きしださんは、Javaへの興味が長く続いた理由として「技術コミュニティの存在が大きく影響している」と語ります。 今回はきしださんに、技術コミュニティに関連したエピソードとともに、キャリアを振り返っていただきました。

*…技術評論社より2022.3.19出版。きしだなおきさん、山本裕介さん、杉山貴章さんによる共著。プログラミングを仕事にしたい方、エンジニアとして働きたい方、他の言語で開発をしているがJavaも使えるようになりたい方を対象に、Javaプログラミングの基礎を解説する入門書。

自分でも技術イベントに登壇できる。決して遠い世界の出来事じゃない

――きしださんはこれまで、Javaに関連して数多くの人々やコミュニティと交流してきたと思います。それらの出会いのなかで、特に印象深いものや、きしださんのキャリアに影響を与えたものがあれば教えてください。

印象深い出来事はいくつもありますが、あえて挙げるならば、かつてサン・マイクロシステムズのJava Technology Evangelistとして活動されていた石原直樹さんに「JavaOne Tokyo 2005」登壇のお誘いをいただいたことですね。 それまで石原さんとの面識はありませんでしたが、僕が外部メディアなどに寄稿していた記事を読んだことをきっかけに、声をかけてくれたようです。

僕は福岡に住んでおりPHPやPostgreSQLなどのコミュニティには参加していたものの、その頃は地元にJavaのコミュニティがありませんでした。 石原さんからのお誘いを受けて東京に足を運び、初めてJava関連のコミュニティに参加したことが、自分にとって大きな転機になりました。

――「JavaOne Tokyo 2005」に参加したことで、どのようなマインドの変化があったでしょうか?

技術イベントは決して遠い世界の人たちだけが登壇しているわけではなく、自分でもそういった場に出ることができるんだと思えました。その後、自分自身の力で2007年に福岡でJavaのコミュニティを立ち上げ*ましたが、もしかしたら「JavaOne Tokyo 2005」の登壇がなければ、このコミュニティ発足もなかったかもしれません。

*…きしださんの福岡でのコミュニティ立ち上げの記録は https://nowokay.hatenablog.com/entry/20070411/1176260766 に記載されている。

どんなにすごいエンジニアも、みんな同じ人間なんだ

――技術イベントといえば、最近はコロナ渦の影響もありオンライン開催が多いですね。

そうですね。ただ、正直なところオンラインイベントはどうしても、失われてしまう要素がありますよね。オフラインの体験には敵わないと思います。たとえば、「情報を提供する側」と「情報を享受する側」の役割が明確に分かれてしまうことが課題です。

情報を享受したい方々は「自分も能動的にコミュニティに参加しよう」というモチベーションがオンラインイベントでは湧きにくいところがあります。僕にとって、技術イベントは“交流の場”であるという意識が強いです。だからこそ、オンラインになることでその要素が少なからず失われてしまうことは悲しいですね。

インターネット上の情報だけに触れていると、身体的な情報が失われるので、だんだんと各種の活動に人間が関与していると考えられなくなってしまいます。イベントの会場で誰かと話すと、自分と同じようなモチベーションを持った人がいるとか、すごく優秀なエンジニアも自分と同じように悩んでいるといったことが実感できるじゃないですか。「誰しも一人の人間なんだ」と知ることが大事ですよね。

それから、オフラインイベントの良さとして「もともと興味がなかったけれど、このセッションも試しに聴いてみよう」という類いの行動が起こることも挙げられます。たとえば、僕は規模の大きな技術イベントに参加する場合、同じ時間帯に「自分が興味のある技術を扱っているセッション」と「自分はあまり興味がないけれど重要そうな技術を扱っているセッション」があれば、後者に行くんですよ。それによって、偶発的に何かの技術と出会うことができ、モチベーションの向上につながることがよくあります。

また、オフラインのイベントでは会場に足を運ぶことで「どれくらいの人数が」「どのようなタイプの人が」聴いているかというメタ情報が得られるのが大事なんですよね。仮に特定技術を扱うイベントに、優秀なエンジニアが多数参加しているのならば、その技術は今後流行する可能性が高いかもしれない。そういったメタ的ですごく重要な要素がオンラインだと失われてしまいます。

そして何よりも、規模の大きなオフラインイベントに参加すると、“お祭り”感があってすごく楽しいんですよ。特に海外で開催される、Javaの開発者が集まるイベントなどは圧倒されます。会場内で理解できない単語ばかりが飛び交っていたりして、エンジニアとしてトップレベルの人たちがJavaを作っているんだと実感できます。

実はいま、モチベーションが下がっているんです

――長年にわたりJavaのスペシャリストとして活躍するなかで「Javaを書くモチベーションが下がってしまった時期」または、その逆に「Javaを書くモチベーションが大きく上がった時期」はありましたか?

実を言うと、下がっているのは“いま”ですね。というのも、作りたいものがないんですよ。

――意外でした。その理由を詳しく聞かせてほしいです。

この感覚を覚えるようになったのは、コロナ渦になる少し前くらいからですかね。僕の感覚では、ここ数年ほど技術の進歩が停滞しているように見えるんです。進歩が行くところまで行きついたのか、コロナ渦の影響で人の交流が減って進歩が滞っているのかはわかりませんが、技術革新がなくなりました。

エンジニアは新しいものが好きですから、やはり何かの技術が登場したときに「○○を使ってみよう」というモチベーションが湧いてくるわけです。ですが、そういった技術がなかなか出てこない。技術が発展するフェーズから、別のフェーズへと移り変わったのかもしれないと感じています。

――その停滞はJava限定でしょうか? それとも、テクノロジー全般において?

全般ですね。それなりに幅広くネットニュースなどを見ていますが、既存技術のちょっとした隙間を埋めるものか、既存技術の改善しか登場していないように僕は見えています。おそらく、テクノロジーが十分に便利になりすぎたが故に、人々の“不満”が出てこないんですよ。「世界中の人と手軽に高品質にビデオ通話ができるようになったら十分」という感じに。不満がないということは、マイナスの状態を打破するための強烈なエネルギーが出にくいということでもあります。また、ハードウェアの性能向上が頭打ちになったため、ハードウェア性能を活かすための新しいソフトウェア技術の必要性もありません。

だからなのか、この数年ほどは実用的かつ革新的な新しいプログラミング言語が出ていないですよね。2010年代初頭から中頃まではKotlinやRust、Swiftなどが登場したものの、それ以降に登場した言語で、いま流行しているものが思い当たらないです。

――いまはモチベーションが下がっているとのことですが、その逆にモチベーションが大きく向上したのはいつ頃ですか?

Java SE8が登場した時期ですね。ラムダ式など新しい要素がJavaにいくつも入りました。そのことで新しい工夫が可能になりました。やはり、技術革新によってできることの幅が増えるというのが、自分のやる気を左右する重要な要素なのだと感じます。

――このエピソードのように、特定の言語やフレームワークなどと長く向き合い続ける過程で、自分自身の考えの変化や外的環境の変化などにより、モチベーションが左右されることは起こり得ます。そんなとき、どのような行動や思考をすることを読者の方々にはおすすめしますか?

少し目先を変えて情報収集をして、これまで自分が扱ってきたものとは毛色の違う技術を試すことは大事ですね。たとえば、メインの言語としてJavaを扱ってきたならば、RubyやPHPを試してみるとか。アプリケーションのレイヤーばかり触れてきたならば、より低レイヤーのネットワークなど勉強をするとか。

それから、やはり人と会うことが重要です。特に、自分が普段参加しているのとは違う種類の技術コミュニティに出かけて、あえてアウェイな気持ちになってみることをおすすめします。自分とは違う価値観に触れることで、エンジニアリングの世界における自分自身の立ち位置を、相対的に知ることができるからです。

「入門書を読んでもプログラムが組めるようにならない」のは問題だと思った

――きしださんは2022年3月に『プロになるJava』を出版されています。この本を出そうと思った経緯も教えてください。

エンジニアの世界において、特定言語の入門書を読んでもプログラムを組めるようにならないのが、半ば当たり前のようになっているんですよね。なぜなら、特定言語の入門書が「言語の文法さえ覚えればプログラミングが習得できる」ということを前提とした書き方になっているから。

実際はプログラミング言語の文法を学ぶこととプログラミングの習得は違います。だからこそ、『プロになるJava』はそのアンチテーゼとして、Javaの文法の学習だけではなく、この本を読むことで誰でもプログラミングに入門できることを強く意識して執筆したつもりです。すごく良い本ができたという手応えがあるので、自信を持って世の中の人々におすすめできます。

――きしださんが自分の知識やノウハウを『プロになるJava』にフルで注ぎ込めた要因は何だと思いますか?

以前、『創るJava』という本を書いてから15年以上経っていますが、そこからこれまでの間に地道な仕込みをしていたんですよね。ブログで技術的な情報をまとめたり、Twitter上で各種の議論をしたり。その過程で、どのようにして初心者にプログラミングの知識を伝えるかという道筋を、自分なりにつけてきました。

――きしださんは、ブログやTwitterでオブジェクト指向に関する提言をよくされている印象が強いです。

オブジェクト指向は、現代的なソフトウェア開発のパラダイムにあまり合っていないにもかかわらず、不必要に神格化されている部分があると思っています。オブジェクト指向ができればプログラミングできる、プログラミングできないのはオブジェクト指向がわかっていないからだ、のような。だからこそ『プロになるJava』では、オブジェクト指向という言葉を使わずに、Javaのクラスの概念などを説明しています。

オブジェクト指向に関する情報は、終盤で補足として出す程度にとどめていますね。自分なりにベストな方法で初心者向けの解説ができたと思っているので、ぜひ読んでみてほしいです。

Javaに入門することは、Javaの“コミュニティやエコシステム”に入門すること

――『プロになるJava』に盛り込んだ内容で、特徴的な部分は他にありますか?

『プロになるJava』では書籍の前半パートで、Javaの開発に携わっているコミュニティを紹介しています。一般的なJavaの入門書は、Javaの技術的な話しかしません。ですが、この本では、世の中のどこかにJavaを作っている人たちがいること、そして作る側と使う側は決して分断された世界ではなく、同じコミュニティの住人であることを伝えたいと考えました。

Javaを勉強したのに、日本Javaユーザーグループ(JJUG)などのコミュニティやイベントの存在を知らないというのは、もったいない。Javaの技術的な要素はJavaの一部でしかありません。Javaというのは、コミュニティでありエコシステムであることを、多くの人に知ってほしいです。

『プロになるJava』ではJavaのLINEオープンチャットも紹介しています。そして、そのオープンチャットのトークルーム内では書籍の感想や質問を投稿してくれる方が何人もいます。とても良い質問をして、議論を活性化させてくれる方が多いので「『プロになるJava』を通じて、何かしらJavaのコミュニティに貢献できたのかな」と嬉しく思っています。

――最後に、きしださん自身のキャリアをふまえて、若手エンジニアの方々に伝えたいことはありますか?

そうだなあ、難しい質問ですね。というのも、僕がエンジニアになったばかりの頃に置かれていた状況と、いまのエンジニアたちが置かれている状況とはかなりかけ離れていると思うんですよ。僕が業務でJavaに触れ始めたのは2001年からで、まだ家庭にそれほどインターネットが普及しておらず、スマホもクラウドもありませんでした。

その後、さまざまな技術革新が起こり世の中が便利になってきましたが、その波にうまく乗れたからこそ、自分のキャリアをうまく築けた側面はあったと思います。ある意味で運が良かった。もしも生まれる時代が違っていれば、Javaのスペシャリストとして有名になれていたかどうかはわかりません。

今はもう、世の中に便利な情報やツールがあふれすぎていて、ちょっとプログラミングに詳しいくらいでは、抜きんでたエンジニアにはなれない状況ですよね。それに、経験がある人が既存の技術をやっているうちに新しい技術を習得してそこで活躍するというのも難しい。だからこそ、自分が歩んできたキャリアをふまえて「あなたたちもぜひこうしてください」とは、言い難いと思っています。

あえて言えることがあるならば、やはり技術に触れることや、コミュニティにいる人々と交流することは、時代が変わっても普遍的に楽しいということ。その気持ちを大切にして自分の好きなものを追求していくと、自然とより良いキャリアにもつながると思います。

取材・執筆:中薗昴
取材協力:LINE Fukuoka株式会社